温度

ガパオライスというものを初めて食べました。
スタジオ弁当で3種類用意された中の、聞いたことのあるようなないようなものを選んでみたのですが、
鶏肉と野菜を辛いソースで炒めてご飯に載せた、タイのスパイシーなエスニック料理。
美味しい、自分でもつくってみたい。

昔は、歌う前に辛いものや乳製品を食べると、リップノイズが出やすくなるので(ニンニク、ネギ類等もそう。唾液の分泌量が多くなる)、
スタジオ弁当ってストイックに選ぶしかなかったのですが、いまはデーンと好きなものを好きなだけ食べられるのが嬉しい。

外出仕事でお弁当を食べるとき、わざわざレンジであたためてくださるところもあって、とてもホッとするひとときをいただきます。
ひと手間をかけてくださる、そのお心があたたかい。
お味噌汁など付けていただくと涙が出そうです。

でも冷たいお弁当も、それはそれでお弁当ならではの味があり、私は好きです。
冷えたご飯、野菜の炊き合わせ、トンカツ、塩サバ、どれもちょっと固くなっていて、しっかり噛みしめざるを得ないと、無言で強要されている感じ。
噛めば噛むほど芯の味が滲み出て。
うどんなどは熱いうちにハフハフすすりたいですが、冷えたご飯のお弁当は人とお喋りしながらちまちま食べると楽しくもあり、お酒のおつまみとしても最強です。

とは思っているのですが、自分が人を招いてご飯をつくるときは、さっさとお箸をつけてくれないと、つい怒ってしまいます。
全体的には呑んで喋りながらのだらだら感が楽しいものの、すべての料理のひと口目は、熱いものは熱いうちに、冷たいものは冷たいうちに味わってほしい。
温度も食感も味のうち。
そこまで計算して、順番を考えて出してるねん。
グラタンとか、口の中、火傷する勢いで食べてくれ。
そうやってみんな怒られながらも、毎回なんだかんだと大量の料理を食べてくれるのでありがとうです。

それでお客さんが帰った後の翌日、冷蔵庫に入れておいた残り物を、冷たいままお昼ご飯に食べるのが、また美味しいです。
冷たい肉じゃがとか、ちょっと伸びたお蕎麦とか、二回も違う味で食べられて得した気分。

いまはすっごくお蕎麦が食べたいです。
でももうすぐ、打ち合わせで美味しいお蕎麦屋さんに行く予定なので、ストイックに我慢。

仕事は長編をいったん中断して、BL中編を執筆中。
昨日から濡れ場突入で、体温の描写を考えていたら、食べ物系の思考になりました。

オプション技

世の中には、100度以上の揚げ油に指を浸けても平気な料理職人さんがいたりして、プロになると体質が変わるのか、それとも元々そういう体質なのかなと、彼らのオプション技に驚くしかないのですが、この前、某撮影現場でお会いした照明さんも凄かったです。

スタジオのコンセントを見て、「これ生きてんのかな〜」と、指を舐めてちょっと付けて、「うん、生きてる、生きてる」
え、いまビリッとするかどうかで確かめた・・・?

その方、以前は4000ボルトの電圧のある器具を誤作動させてしまい、ドカンと殴られたような衝撃を受けて、一瞬、気が遠くなったそうですが、
「でもそのまま仕事続けたよ。ちょっと体調が悪かったけど、翌日には治ったし。4000ボルトだから体が弾かれて良かったんだよね。もっと低かったら、逆に感電したままくっついてしまうからね〜」

そんな「電気はお友達」的な武勇伝をたくさん聞かされ、私のほうは自宅の洗面台など、濡れた手でうっかり触りそうなコンセントが怖くなりました。
人は場合によっては、100ボルトでも感電死してしまうんですよ・・・

そういえば子供の頃、高いところに昇るのが好きな馬鹿な子だったのですが、建設中のビルの作業場を、命綱もつけずに悠々と歩き回る鳶職人さんたちを見て、自分はあんなことやっちゃいけないと、ひとつ学んだものでした。
到底叶わない人たちの凄さを目の当たりにすることで、己の足りなさを自覚し、謙虚に危険を把握します。

絶対、真似できない。でもちょっと羨ましい。
物書きとか奈良人とか、私のカテゴリで体得できるオプション技って、なにかあるかな・・・

電子小説

電子サイト「肌恋」で連載した『天女牡丹』。
韓国で出版された単行本を昨日、頂きました。

タイトルから奥付けまで、全部ハングル。
私には読めませんが、桜サクさんの描いた迫力のある虎の掛軸や、明治時代の雰囲気を醸し出す美しい絵、キワドイ絵も入っています。

「肌恋」では現在、『情火の海〜運命の女の告白』を連載中。
誰にも言えない過去を持つ女と、彼女のせいで兄を亡くした男の物語。

ガラケー版はこちら。
http://m.cmoa.jp/cc/download/comic_show_title.do?titleId=0000081532

スマホとPC、タブレットはこちらです。
http://www.cmoa.jp/title/81532/

今後も幾つかの作品が、アジア、ヨーロッパの数カ国で配信&出版される予定。
いちばん国内で売れている『秘め音』はホームドラマなので、儒教の国ではNGなのが惜しい。


「電子小説は、なぜ女性向けが多いの?」
と、よく訊かれます。

理由は簡単で、紙の出版物は近代、対象がほぼ男性にしか向いていなかったから。
特に性に関する表現物は、男性による男性のためのものばかりだった。

女性が女性の性を語ろうとしても、『性=男性の下半身のため』という商業ベースの中で、男性に寄り添う形で語るしかなかった。

あるいは、物書きであっても実業家であっても、女性に向けたものをつくる限り、『フェミニストという職業』に就く覚悟を持ち、本業を犠牲にするほどの労力を払わなければならなかった。

ネット社会になってようやく、女性の意見が女性に向けて自由に語られるようになったんですね。


不況と言われる出版業界で、おそらく唯一安定して右肩上がりを続けている小説ジャンルが、女性向け官能です。

『性=男性の下半身のため』というのは、長らく女性にとってもそうで、それまでは女性も、自分の性を男性のフィルターを通してしか見られなかった時代がありました。

女性向けの官能小説でも、かつては「恥じらいシーン」や「生挿入&中出し」など、多くの男性の好む要素が多々、描かれていました。

セックスってそういうもの、女ってそういうもの、と、女性自身が思い込むことでなんとか生きてきたんですね。

でもだんだん、「恥じらってみせるのって、正直面倒じゃない?」「ただでさえセックスは女のほうがリスク背負うのに、断りもなく中出しって、死んでいいよ、んな奴」「イクとかよりも、優しくしたい、優しくされたい」「『どこに挿れてほしいの?』と訊かれても、『マンコ』なんだけど、それがなにか?」という女性の本心が表現されるようになり、そうなると読んだ読者が、「あ、これって私の言いたかったことだ」と気づきます。

女性の膣よりもデリケートなのが男性のメンタルだってことはわかっているけど、犠牲を払って気遣ってばかりもいられない。
リスクを心配せず自由に振る舞いたい。
男に男の欲望があるように、女には女の欲望がある。

こんな、性行為や男性への違和感をモヤモヤと抱いていても、人はそう簡単に自分のモヤモヤを言葉にできないし、できたって、それをひとりで主張し、実行することは難しいです。

でも、それを形として出している作品に出会えば、「そっか、これってみんな思ってる当たり前の感情なんだ」と知ることができます。
自分の感情を掬い上げ、持つべき自由を得、主張する自信を持てます。

そして当然、そういう作品が支持されます。
すると、それまでは曖昧な精神論か、どんなに闘っても「フェミってやつ?」と揶揄されてきた女性の心理が、ダウンロード数やお金という、具体的な数字となって現れます。
数字は人を動かし、仕事、企業、社会を動かします。

例えば私の電子小説で売れている連載作品は、一作あたり、5万人以上が読んでくれていて、その一作に対して、ひとりが合計1200〜1500円を払ってくれています。
紙の単行本で5万部売れるなんて、1万部で凄いと言われる現状では滅多にないことです。

電子だからこそ、届けられる人たちがいます。
世界にはまだまだ、日本以上に女性が抑圧されている地域が多いです。
そんなところにも、もっと女性の切実な声を伝えていこうと動く人たちがいて、書く人たちがいます。

性を真面目に考える人にも、嫌いな人にも、性を描くことが好きな人にも、遠ざける人にも、それぞれの理由があります。

考えそのものはどうであってもいい。
その理由を、誰もが恐れず堂々と表明し、行動できる骨組みがつくられるべきです。

それでもって私の作品って、儒教国からはもちろん、キリスト教国からも、独自の規制を持つアメリカからもNG食らいそうな作品が多いです。
日本ってなんだかんだいって、原始的な自由を長く貫いてきた国なのだと感じますし、その自由を見つけてくれる人たちと、目を向けている国が出てきている現状を、嬉しいと思います。

怒り続けなければならない

19日、13歳の女子中学生に乱暴したとして強姦罪に問われた27歳の無職男性に、東京高裁が無罪判決を言い渡しました。

記事になっている判決理由は、「中学生は強い抵抗を示していない」、「男が立ち去った後、行為が行われた公園で眠った」とのこと。
これらによって、13歳の女子中学生と27歳の男性の性行為を、「合意である」と判決したのです。

詳しい事件のいきさつはわかりません。
訴えられる側には冤罪の可能性が常にあります。
けれど、13歳の女の子とその家族が、なんらかの下心を持って、強姦の被害者として裁判を起こすというのは、非常に考えにくいことです。

彼女が地裁、高裁と闘ってきた日々は、多大な屈辱を背負う、過酷なものだったはずです。
世間的な尊厳よりも、守りたい尊厳があったが故の、苦しい闘いだったと思います。

そして、「それは嘘でしょう。強く抵抗しなかったのは、きみもこの男とセックスしたかったからでしょう。男と関係した公園に置き去りにされた後、眠ったのは、したいことしていい気分だったからでしょう」と、司法の場で断定されたのです。

繰り返しますが、現実になにが起こったのかはわかりません。
でも、「またか」と絶望させられる経験値を、日本の裁判には与えられてきました。

13歳の少女が、大人の男の力と性的欲望の前に、動揺もせず、怯えもせず、混乱もせず、殺されることも覚悟して必死に抵抗しなければ、強姦だとは認められない。
現実に多々ある、眠りに似たショック状態の気絶など、強姦においてはあり得ないとされる。

彼女が上訴するのなら、最高裁での判決に期待します。
こんな狂った判例がこれ以上、増えてはいけない。

ただ、反吐の出そうな想像を、半ば確信を持ってしてしまいます。
この女子中学生がこの先、高校、大学と進み、社会で働くとしたら、周りの多くの男たちは言うでしょう。
「あの子さ、レイプされて裁判起こした子だよ」
女を性的な眼で見る、その態度を抑え込む発想もない男たちは、面と向かって彼女を傷つけるでしょう。
男社会に洗脳されている女たちは、その片棒を担ぐでしょう。

この判決は、日本は依然として大多数の人間の身勝手かつ愚かなファンタジーで成り立っている未熟な社会であることを浮き彫りにし、それは間違いだと判断する人々の怒りを新たにする、ひとつのきっかけとなりました。
彼女がそのための犠牲者で終わらないよう、味方になる人間を、ひとりでも増やすにはどうすればいいのか。
法的な規則は良くも悪くもそのうち人間をコントロールし、ある程度の抑止力にもなりますが、正しい規則をつくる政治家を、私たちは待つしかないのか。
せめて怒り続けなければならない。

訂正です

前回のブログで、週刊文春の「おいしい! 私のお取り寄せ便」9月16日発売号にコメントを寄せていると書きましたが、月を間違えました。
発売は来月の10月16日(10月23日号)だそうです。

そういえば16日はもう過ぎているし、週刊文春は木曜日発売だし。
マネージャーさんから連絡を受けて気づきました。
失礼いたしました!

昨日は原稿をメールで提出した後、担当さんから「添付し忘れていると思うのですが・・」
よくあることで申し訳ないです。

わ〜、他になにかうっかりしてないかな〜。
自分の振り見て我が振り直せ。

16日「週刊文春」「林先生の痛快! 生きざま大辞典」

16日発売の週刊文春、「おいしい! 私のお取り寄せ便」ページで、大好きな干物屋さんを紹介しています。

同じく16日の放送、TBS「林先生の痛快! 生きざま大辞典」に出演します。(地域によって放送日は異なります)

どちらもテーマは食べ物。
締め切りが近づくと、毎日、食べることだけが楽しみです。
今日は冷凍庫の鶏の砂肝を解凍して、片栗粉をまぶして揚げ、ニンニク醤油で和えて、野菜の千切りに載せていただく予定。
簡単だけど味は絶品。


ところで季節が夏から秋に移りつつあり、マンションの廊下に蝉やカナブンが止まっていることが少なくなりました。
夜中にゴミを出しに行こうとして、ドアを開けた瞬間、二匹の蝉がバチバチバチッと目の前で飛び交う、あの恐怖といったらありません。
すかさずドアを閉め、蝉のいなくなりそうな明け方までひたすら待ちます。

でも、なぜ虫が恐いのでしょう。
人間の多くが虫を嫌いだというのは、どういうDNAの作用なのでしょうか。
同じ地球上の生物なのですから、仲良く共存できればいいのに。

クワガタやカブトムシの好きな子どもは多いです。
でもゴキブリに対しては、物心つく頃に恐怖するようになります。

ゴキブリは菌を持っていると、本能的に知っているから?
それとも大人に教えられる後天的な感性?
敵と見なすことで自分を守るのでしょうか。

自分から遠い姿の生物を、本能的に敵と見なすという説もあります。
爬虫類の蛇等も嫌われますね。
同じ理由で、哺乳類の犬猫は可愛いものと受け止めます。

でも蜂や蛇は猛毒な毒を持っているものもいますが、犬に噛まれるほうがよっぽど頻度が高いし、死ぬときは死ぬます。
死ななくても、蚊に1000回刺されるより、犬に一回噛まれたほうが、人間特有のメンタリティの面でもダメージが強いです。
危険&敵である対象として、虫全般が特別、嫌われる理由には足りないと思います。

あるいは思わぬところからテング熱が広まったように、じわじわ危険なもののほうを、遠ざける傾向にあるのでしょうか。
犬に噛まれたら痛いですけど、蚊やゴキブリに刺されても、それがどんな危険を孕んでいるのかわからず油断して、対処が遅れるから、本能で遠ざけるようにする、のかな。

虫を食べる動物や人もいますね。
小さければ小さいほど、タンパク質の摂取率が高いそうです。

そういえば米軍の開発した蚊のサイボーグが話題です。
ゾッとする話です。
やっていいこととアカンことと、誰がどこで判断できるのかな。

個人的には私、サイボーグのメーテルとなら、鉄郎になってキスできます。
メーテルは、苦しむような毒は含ませないでしょう。
十分後、ふたたび旅立つ銀河鉄道999を見送りながら安らかに死んじゃうなんて、それもありで泣けちゃいます。

窓の外では秋の虫が鳴いています。
秋の虫は、蝶や蚊や蝉やカナブンたちと違い、なかなか人間の前に姿を現しません。

「週刊現代」秋の合併号

明日も来客の予定。
おかげで部屋がどんどん綺麗になります。

発売中の週刊現代、セックス特集でコメントしています。
毎回、ほかに誰がコメントしているのかなというのも楽しみ。
今回は逢見るいさんとご一緒です。

来週は地曳網初体験の予定・・・なんだけれども、スケジュールがなかなか決まらない。
「濡れていい靴」っていうのも、どういうものなんだかよくわからないです。

中秋の名月のあれこれ

今日はひと様を自宅に招いての仕事だったので、これを機会に朝から床の雑巾がけをしました。

買い物もしておこうと出かけると、商店街で後ろから「すみませーん」と自転車に乗ったおばさんが追いかけてきます。
「ウェブ系のお知らせを配っているんです、良かったらどうぞ」と、手渡されたのは二枚折りのフライヤー。

歩きながら開いて見たら、某宗教団体の宣伝広告でした。
せっかくなので読んでみますが、商店街にはいっぱい人が歩いていたのに、どうして私にだけ声をかけてきたのでしょう。

夜は居酒屋で生ダコ、コハダ、サンマのお刺身、サンマの焼き物などをいただいて、満月を眺めつつ帰宅。
近所の塾帰りの子も、マンションの廊下で空を見上げていました。

暦の上では今日は十六夜。
月齢では今日から明日にかけてが満月。
今日は月と地球が最も近づくスーパームーン。

会員になっている奈良の鹿愛護会からは、10月11〜13日に行われる鹿の角切りのお知らせが届きました。
角は雄鹿にとっては大切なもので、また放っておいても一年に一回、春先にぽろっと取れるのですが、「人との共生の歴史の中でうまれ、現在まで継承されている奈良ではの勇壮な伝統行事」です。
http://naradeer.com

昨年の鹿の角切りから、もう一年が経つんだなぁ。
鹿とよそのお子さんの成長は早いなぁ。

電子小説「夏の嵐」「情火の海〜運命の女の告白」

iBooksStoreで現在、「夏の嵐」が特別価格の100円で販売実施中です。

https://itunes.apple.com/jp/book/xiano-lan/id895331595?mt=11

アップル製品をお使いの方のみへのお伝えで失礼。
昨年初めて書いた、BL小説です。

思い出すのは、これを書いたとき、何人かに言ったら、女性と男性の反応があまりに違ったこと。
女性はすんなり面白がってくれたのに対して、男性は「BLって何?え、ホモ小説書いたの?」

読んだことのない人に、一方的に愛を語ろうとするのが間違っていました。

でもちょっとだけ書くと、BLって、性の生々しさを嫌悪しつつも、胸が大きくなりだしたり月経が始まったり、痴漢に遭いだしてしまう思春期の女の子にとっての、成長に寄り添うバイブル的側面があり、男性がAVや官能小説のレズシーンで鼻息荒くするのとは次元が違う、自己肯定への切実な道でもあるのです。

ちょっとだけ書いているうちにムキになりそうです。
つまりBLデビューを果たした自分、おめでとうってことです。


そして、今月からコミックシーモア「肌恋」で新連載がはじまりました。
「情火の海〜運命の女の告白」

運命に流されることで生き抜くしかない女と、女のせいで兄を失った男の、憎しみから始まる物語。
絵を描いてくださっているのは、今回も桜サクさん。

4〜5ページにひとつ絵が入る構成なのですが、主人公のひとりである女性が、どのシーンも可憐で危ういです。
加えて緻密な線による表情や背景も迫力。
ゲラチェックは毎回ひとりで「この眼差し、とろけるー」「この海いい、行きたい・・・」と呟きながらの作業となります。

スマホ&PCの方はこちらから。

http://www.cmoa.jp/title/81532/

ガラケーの方はこちらから入ってください。

http://m.cmoa.jp/cc/download/comic_show_title.do?titleId=0000081532

ガラケーは毎週火曜日に2話ずつ、
スマホとPC、タブレットは毎月第一火曜日に1巻(8話)ずつ配信です。

二百十日

今日9月1日は二百十日。
旧暦の八月朔日(八朔)、二百二十日と合わせて、嵐が来襲しやすいと恐れられてきた日です。

統計的には特にこの日に台風が多いわけではないのですが、9月は大型台風がたくさん到来するので、あらかじめ警戒しましょうという呼びかけなのですね。
この時期は稲の開花期でもあるので、大きな損害を避けるための予防も必要でした。
東日本大震災や、この前の広島の土砂災害でも、昔の人が経験で培った教えが地名に残っていたり、言い伝えられたりしているんだなと、改めて思います。

うちの父方の実家は漁師町にあるのですが、地域では「お盆の間は絶対に海に近づくな、近づいたら霊に魂を持っていかれる」といわれ、隠れて子供たちだけで浜で遊んでいたら、父と親戚たちに猛烈に怒られたことがあります。
でも確かに、誰もいない海なので、もしもなにか事故があっても、大人に気づかれず、助けてもらえなさそうです。
あれは、お盆の間くらいは静かにして、こっちにゆっくり休ませてくれよ、という大人たちの知恵でもあったのかもしれません。
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