性的なものは陰へ

前回は取り急ぎで、『ファンドとリス』のご案内をしました。
観てくださった方々、ありがとうございます。

個人的に嬉しかったのは、ベテラン舞台女優の村松恭子さんが
『ドミソラ』(幻冬舎)を読んでくださっていたこと。
楽屋でお会いするなり、ご感想を熱く語ってくださいました。

トークショーでは「作品と作者を同一視するのは慎重に控えている」
と申し上げましたが、
「そうなんです!」と言いたくなるご感想も、ときどきいただきます。

村松さん、森下くるみさん、古勝敦さんの次回作を、
心待ちにしています。


ところで話は変わりますが、
いまも「春画が芸術かワイセツか」の議論を耳にします。

議論があることはいいことですね。
春画を扱った雑誌や会場の威力だと思います。

個人的には、芸術かどうかは見る人が決めることで、
それよりも、芸術であれば公の場に出していいのかどうか、が
問題だと思います。

芸術だろうがワイセツだろうが、性的なものである以上、
私は、それらは「見る準備のできている人たち」に向けてのみ、
発表すべきものだと思ってます。
不特定多数の人が無防備に見る場所で、出してはいけないものです。

性的なものは、暴力的なものもそうですが、
見るつもりのないときに見せつけられると、
大きなダメージを受ける場合があります。
傷つくと言ってもいい。

性欲も暴力欲も、理屈ではなく本能で滾るものなので、
傷つくときも本能です。
気まずい、目の遣り場が無い、から、
苦しい、吐き気がする、世界が怖ろしくなる、という場合まで。
その人その人の受け止め方があります。

電車の中吊り広告や、ネットのバナー広告も同じ。
春画と一緒にするな、と言われるかもしれませんが、
どの世界も、熱意のある人と、いい加減な人がいるのは一緒です。

煽って煽られる側は声をあげ、行動を起こせますが、
口を押さえて沈黙せざるを得ない人がいることも、
発信者はわかっておくべきです。

性は、「芸術」や「表現の自由」の名において発信側が扱うには、
受け手側がリスクを与えられる分野です。
性を芸術的に、楽しく見る人もいれば、辛く、苦しくなる人もいる。
発信者の「非難されることに対する覚悟」は、
受け手に押しつけるものではありません。

月の輝きは美しいですね。
でも、満ち欠けし、変貌するのは陰があるからです。
その陰にはいったい、なにが潜んでいるのか。
陰は陰だからこその、ひりつくような熱を持つ存在であると思います。


私のサイトにも、私の仕事をよく知らないで訪れてくださる方もいて、
実は申し訳ないと思っています。
広告やバナーに私の作品があると、心臓が縮こまります。
広告作品のタイトルを眼にするだけで、
不快になる人もいると思います。

そんな人間の傷にこだわりたくて書いているのにと、
ジレンマに陥ることもあります。
そこから新たに伝わるものが、もしもあればと、
祈る気持ちで書いています。


で、ここからはエロ作品の宣伝をするからな。

私の作品をまた、AVの原作に取り上げていただきました。
特選小説に寄稿した『まわり道』。
上原亜衣さん主演、『中年男に恋した私』というタイトルで、
オルガより発売中です。

一家にひとり、上原亜衣。
見ているだけで幸せになる、強烈なオーラのある女優さんです。
引退発表をされたのは残念ですけれど、彼女の今後を応援しています。
発売中の特選小説1月号でもグラビアで紹介していただきました。
眼福。
この人の、あどけなくも空気を支配しきった現場を拝見できたのは、
私の人生の宝。

また、同じく特選小説に寄稿した『ころころ』が、
マックス・エーより、谷原ゆきさん主演で発売中。
その作品が、『官能エロス』(富士見出版)で、
私のインタビューとともに取り上げられています。
深志美由紀さん、蒼井凜花さんとご一緒。
本の表紙が谷原ゆきさんで、
その切なくなるくらいの美しさに感動しました。

それぞれ読み応えのあるインタビューだと思います。
深志美由紀ちゃんは私のインタビュー・ページでも、
『お姉さんのギプス』という作品に関連して、一行、参加。
一緒に関西のテレビ番組に出演し、その夜にふたりで呑んだ顛末が……
この作品の印税は、一割くらい、美由紀ちゃんにあげるべきなのです。


さて、楽しくて手放したくない初稿ゲラを、ようやく郵送し、
ひととき、マッコリを呑みながら、机周りの掃除をはじめます。
検索フォーム
リンク
QRコード
QR