言葉の怖さ

『甘く薫る桜色のふくらみ』(幻冬舎アウトロー文庫)と、
特選小説4月号の「背中の傷痕」へのご感想を
幾つかいただいています。

どちらもそれぞれ、いままでの雑誌に寄稿した短編、
本として出した長編とは、ちょっと方向が違うのですが、
そのことを鋭く深みのある言葉で指摘された方々もいて、
読者って怖いです。

『甘く薫る桜色のふくらみ』については、
ミュージシャン時代の約20年前からのファンが、
スポニチ連載時には、毎日140円を出してスポニチを買い、
本になったら本も買い、感想も書いて送ってくれて、
とってもありがたくって、こういう人って、
もう死ぬまで私のファンでいるしかないんだろうなと思います。

ちなみにインターネットが一般に普及していない時代には、
「一通のファンレターの後ろには千人がいる」と言われていました。
ラジオの投稿ハガキも音楽番組のリクエストも、
だいたい視聴者の千人にひとりが
ハガキ、ファックス等を送っていたんですね。

いまはネットのおかげで言葉を発信しやすくなったので、
媒体にもよるでしょうけれど、
「一通」は300人にひとりくらいかもしれません。

でも自分の名前を出しての、好きな人への初めてのメールは、
手紙と同じか、それ以上の勇気を要する気がします。
メールのほうが距離が近い気がする分、
自分を曝け出す怯えを持ってしまいそうです。
もしかしたら、自分でも把握していないものを知られるような……
と思うのは、私がメカに弱い旧人類だからでしょうか。

同時に、「知ってもらった」と満足しやすいのも
メールやLINE等かもしれません。
人が誰かを好きになったときに抱くのは、
「あの人のことをもっと知りたい」という感情とともに、
「自分のことをもっと知ってもらいたい」という欲望。

伝えやすければ伝えたいときに伝えて、
そうすれば「伝わった」と思い込んでしまいがちなものでもあって。

ネット社会になって失われたものがあるとすれば、
伝えたい欲望を解決&解消するまでの道のりと、
伝えられない間に、ひとり紡ぐ言葉たちかもしれません。
言葉を発信する怖さを持っている人ほど、
伝わる言葉を紡ぎだすように思います。
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