セミの音から重低音まで

セミの声が外国ではノイズに聞こえる、
という話題をネットでいくつか見つけ、
思い出したエピソードがあります。

20数年ほど前、ヨーロッパの映画祭に日本人監督が
作品を出品した際、新緑の景色に、
セミがワンワン鳴いて反響している映像を入れたところ、
多くのヨーロッパ人は「このノイズはなんだ」と訊かれたとのこと。

でもフランス人だけが、「これは夏の
途方もない沈黙を表しているんだね」と理解した。

耳は聴覚以外の感覚があり、
「沈黙」を聴ける耳を持つのは
日本人とモンゴル人だけだと言われます。

日本人は音もなく降り積もる雪の「シンシン」という音を感じる。

モンゴル人は旅に出るとき、住宅家屋であるゲルも運びますが、
何ヶ月、何年後かに帰ってきたときに、
同じような景色が果てしなく続く荒野の中で、
ほんのわずかな風の違い、かすかな谷を通ってきた風と、
草地を走ってきた風、そして三半規管なのか
理屈でないなにかの感覚で、
「ああ、ここが故郷だ。帰ってきた」とわかるのだとか。

低音が聴けるのもアジア人の中では日本人の特色。
古代、日本楽器を輸入したのは中国〜半島の人たち。
彼らの猿楽は高い音が多く、低音は迫力のある銅鑼のみ。

本来、日本人の聴覚幅は中国人より低く、
限界を超えた猿楽は、生物的に言うと20分で頭痛がするものだけど、
楽器や文化とともに価値観も仕入れたから、
「高温が雅な音、低音は下品」との教えをそのまま受け継ぎ、
だから平安時代の箏、笙、高麗笛、鼓など、高い音が多い。

ただ、ほとんどの国の民族楽器は国土の広さによって音が大きく、
アフリカのディジティディジュリドューや太鼓など
何キロも先の空気を震わせる迫力を持っているのだけど、
日本の楽器はやまびこや、箱庭での木々や石に反響した
美しさを計算されて徐々につくり変えられていった。

やがて明治に入り、欧米の音を知るようになって、
日本人は「あれ、ベースとか格好よくない?」と
低い音の魅力を発見した。
そして邦楽の世界では宮城道雄が17弦の低音箏をつくったりと、
どんどん諸外国の影響と自らの好みの発見によって
新たな楽器と音をつくりだしていった。
いまもあらゆる国の音が世界中に、
それぞれの受け止め方で広まっている。

聴覚はおしろい。

私の両親は数年前から、「最近の蚊は鳴かんなぁ」と油断して、
モスキートの餌食になっています。
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