怒り続けなければならない

19日、13歳の女子中学生に乱暴したとして強姦罪に問われた27歳の無職男性に、東京高裁が無罪判決を言い渡しました。

記事になっている判決理由は、「中学生は強い抵抗を示していない」、「男が立ち去った後、行為が行われた公園で眠った」とのこと。
これらによって、13歳の女子中学生と27歳の男性の性行為を、「合意である」と判決したのです。

詳しい事件のいきさつはわかりません。
訴えられる側には冤罪の可能性が常にあります。
けれど、13歳の女の子とその家族が、なんらかの下心を持って、強姦の被害者として裁判を起こすというのは、非常に考えにくいことです。

彼女が地裁、高裁と闘ってきた日々は、多大な屈辱を背負う、過酷なものだったはずです。
世間的な尊厳よりも、守りたい尊厳があったが故の、苦しい闘いだったと思います。

そして、「それは嘘でしょう。強く抵抗しなかったのは、きみもこの男とセックスしたかったからでしょう。男と関係した公園に置き去りにされた後、眠ったのは、したいことしていい気分だったからでしょう」と、司法の場で断定されたのです。

繰り返しますが、現実になにが起こったのかはわかりません。
でも、「またか」と絶望させられる経験値を、日本の裁判には与えられてきました。

13歳の少女が、大人の男の力と性的欲望の前に、動揺もせず、怯えもせず、混乱もせず、殺されることも覚悟して必死に抵抗しなければ、強姦だとは認められない。
現実に多々ある、眠りに似たショック状態の気絶など、強姦においてはあり得ないとされる。

彼女が上訴するのなら、最高裁での判決に期待します。
こんな狂った判例がこれ以上、増えてはいけない。

ただ、反吐の出そうな想像を、半ば確信を持ってしてしまいます。
この女子中学生がこの先、高校、大学と進み、社会で働くとしたら、周りの多くの男たちは言うでしょう。
「あの子さ、レイプされて裁判起こした子だよ」
女を性的な眼で見る、その態度を抑え込む発想もない男たちは、面と向かって彼女を傷つけるでしょう。
男社会に洗脳されている女たちは、その片棒を担ぐでしょう。

この判決は、日本は依然として大多数の人間の身勝手かつ愚かなファンタジーで成り立っている未熟な社会であることを浮き彫りにし、それは間違いだと判断する人々の怒りを新たにする、ひとつのきっかけとなりました。
彼女がそのための犠牲者で終わらないよう、味方になる人間を、ひとりでも増やすにはどうすればいいのか。
法的な規則は良くも悪くもそのうち人間をコントロールし、ある程度の抑止力にもなりますが、正しい規則をつくる政治家を、私たちは待つしかないのか。
せめて怒り続けなければならない。
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